これを書いている今日は9.11。ニュースでは二年前のNY同時多発テロの話題を取り上げています。追悼式の模様、遺族の方々の声、今後の行方など。
二月にワシントンとニューヨークに行ったとき、グラウンドゼロの現場に行きました。この事は、その時からずっと私の心の中に強く強く焼き付けられていましたが、一体何と言えばいいのか、言葉にして表すことが出来ませんでした。言葉にならない程の強烈な事実を目の当たりにし、ひたすら衝撃を受けるばかりで、それについて語るべき言葉を探すことが私にはできませんでした。受けるばかりで、それを整理し自分から出すことが出来ない感情は、自分の中で大きく膨らんで苦しく、ただただ涙があふれるばかりでした。この事件について第三者的な立場にある私のような者でもそうなのですから、当事者の方々の心中は察するべくもありません。

旅に出たときから「事実を実感として目で見ておきたい、祈りを捧げたい」という気持ちがありました。でも、実際の現場は、そんな気持ちを全て押し流すような圧倒的なエネルギーを発する事実でした。祈るどころか言葉も失い、涙するしかない。

現場そのものは復興が進み、地下鉄の駅が建設されていました。訪れる人が入れるところも限られていて、取り囲むフェンスには当時の写真や説明が掲げられていました。「語り部」として(きっとボランティアの方だと思います)人々に体験を話している人達もいました。現場には尋ね人の張り紙がそのまま残っており、多くの国の人々が自国の言葉で寄せた祈りのメッセージが山と積まれてありました。
たくさんの人が涙を流していました。いくら新しい建物が整備され立ち直って来たかに見えても、この事件から受けた傷は全然癒えていないのだと感じました。「やられたから、やり返した」で気が済む種類の痛みでは、全く無い。怒りと悲しみから生まれた報復は、また新たな怒りと悲しみを産み、空しい繰り返しになるだけなのではないかとも思いました。
私一個人がこんなことを言っても本当にしょうがなく、無力であると今でも涙が出そうですが、
理由が何であれ、二度とこのような事が起こってはならない。許してはいけない。

偶然セント・ヴィンセント病院という、被災した人達が多く運び込まれた病院の前を通りかかりました。
その壁やフェンス一面に尋ね人の写真、連絡先が当時のままびっしりと貼られています。
生々しい悲痛な思い。それらが発するエネルギーは、私が当事者や遺族でないにも関わらず、ぐいぐいと胸をえぐり、更に塩を塗り付けるような事実でした。でも目をそらしてはいけない、自分の目で見て、実感として記憶しておかなくては。
事件に関わること全てについてそう感じました。未だにうまく言葉で表せません、すみません。
何だか珍しく暗いトーンの話題ですが、何かの形で伝えたいと思って書きました。
何ができる訳でもないのに、私は実際に目で見て確かめたいという気持ちが強いみたいです。


訪れる人が後を絶ちませんでした

偶然残った鉄筋の十字架

地下の工事が進んでいました

隣接するビルは黒い幕がかかったまま。その隣はメッセージの絵が描かれています


セントラルパークは都会にぽっかりと開けていて不思議な感じがしました

故ジョン・レノンのイマジンの碑

ジョン・レノンの愛したストロベリーフィールズの小さな丘。パーク内にあります。冬なのに小さな野花が咲いていて嬉しかった。

全ての国名が刻まれています。Imagineの♪I hope someday you'll join us,and the world will be as one.♪のメッセージ

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